~統計に現れない“使える家”と“使われない家”の本質~
はじめに:日本の住宅数は余っている?
「日本には空き家が多い」と耳にする一方で、「住宅不足が深刻」といった報道もあります。これは一見矛盾しているように見えますが、「住宅ストック」と「空き家」という2つの概念を正しく理解すれば、その背景が明らかになります。
この記事では、この2つの言葉の違いを深掘りし、現代日本が抱える住宅問題の核心に迫ります。
1. 「住宅ストック」とは何か?
「住宅ストック」とは、一定時点に存在する住宅の総数を指します。
🔹 住宅ストックの定義(国交省より)
国土交通省によると、住宅ストックは以下のように定義されています:
「ある時点で物理的に存在するすべての住宅の合計。持ち家、公営住宅、民間賃貸住宅、空き家などを含む」
つまり、使用中か未使用かは問わず、建築物として存在する住宅の数を「住宅ストック」と呼ぶのです。
たとえば、以下の住宅もすべて住宅ストックに含まれます:
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人が住んでいる一戸建て
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空き家になった団地
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転勤の間だけ空けている持ち家
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別荘・セカンドハウス
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取り壊し予定だがまだ残っている老朽住宅
🔹 日本の住宅ストックの推移
年次 | 総住宅数(住宅ストック) | 総世帯数 |
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1993年 | 約5,000万戸 | 約4,100万世帯 |
2023年 | 約6,300万戸 | 約5,200万世帯 |
総住宅数は世帯数を大きく上回り、約1,100万戸の“余剰”があるというのが現在の日本の姿です。
2. 「空き家」とは何か?
「空き家」とは、現に誰も居住していない住宅を指します。
もっと厳密に言うと、一定期間(通常は1年以上)にわたって住んでいない住宅です。
🔹 総務省の定義
「居住世帯がなく、かつ、1年以上使用実績がない住宅」
これは住宅・土地統計調査に基づいた定義であり、空き家の種類は以下のように分類されます:
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賃貸用の住宅(貸し出し中だが空室)
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売却用の住宅(売りに出ているが買い手がいない)
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二次的住宅(別荘など)
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その他の住宅(住む予定なし、相続放棄、老朽化)
このうち、「その他の住宅」は最も社会的な課題が大きく、**いわゆる“放置空き家”**がここに該当します。
3. 両者の違いを図解すると?
比較項目 | 住宅ストック | 空き家 |
---|---|---|
定義 | すべての住宅(居住中・空き家含む) | 現に誰も住んでいない住宅 |
含まれる住宅 | 持ち家、賃貸、空き家、別荘等すべて | 長期間使われていない住宅 |
目的 | 国の住宅総量を把握 | 地域の利用実態・政策対象 |
政策との関係 | ストック型社会の指標 | 空き家対策、地域再生の対象 |
数量 | 約6300万戸(2023年) | 約900万戸(うち“問題空き家”は400万戸超) |
4. 日本特有の問題:「住宅ストックが多いのに空き家が増える」
日本では、住宅供給は長年にわたって右肩上がりに続けられてきました。新築信仰、経済政策としての住宅建設促進、郊外開発などが背景にあります。
その結果、「住宅ストックは豊富」なのに「住む人がいない」という逆説的な現象が発生しています。
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住宅ストック増加:毎年80〜90万戸の新築住宅が供給される
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世帯数減少:少子高齢化と単身世帯化で、居住需要は減少
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空き家増加:相続・老朽・移住により空き家が年々増える
5. 空き家問題と政策の焦点
現在、国・自治体では以下の政策が進められています:
🔸 空き家対策特別措置法(2015年施行)
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“特定空き家”に指定された建物は強制撤去対象に
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空き家所有者に管理責任を課す法的枠組み
🔸 空き家バンク制度
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地方自治体が空き家の所有者と移住希望者をマッチング
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空き家の利活用促進(定住、店舗、シェアハウス等)
🔸 ストック型社会の推進(国交省)
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「新築偏重」から「既存住宅の再活用」への転換
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既存住宅の性能向上(耐震、断熱)を支援
ただし課題も山積:
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空き家の場所が“住みたい場所”ではない
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権利関係が複雑(相続人不明など)
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修繕・解体費が高額で進まない
6. 住宅ストックを“住める家”に変えるには?
住宅ストックが多いということは、**「潜在的な資源が豊富」**ということです。
ただしそれを「住める状態」にし、「住みたい人に届く形」にするには、以下の要素が必要です:
・可視化(空き家台帳・空き家マップ)
→ 空き家の情報を誰でもアクセス可能に
・リノベ支援
→ 耐震・断熱・水回りのリフォーム補助
・所有権整理
→ 相続人調査・不明者登記制度の活用
・多用途転用
→ 居住だけでなく、店舗・事務所・民泊など
7. 地域事例:住宅ストックの利活用が進む町
★ 徳島県神山町
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空き家を企業のサテライトオフィスに転用
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IT系移住者が定着し、地域が再活性化
★ 長野県小布施町
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空き家を活用したアート滞在施設や図書館
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“泊まれる公共施設”として観光客も誘致
★ 山梨県中央市・富士吉田市
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地域おこし協力隊が住宅を改修し、カフェ兼住居に
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空き家が仕事と住まいの一体拠点に
おわりに:数字の裏にある「住まいの質と社会の構造」
「住宅ストックが多い=豊か」とは限らず、
「空き家が多い=資源が余っている」でもありません。
本質は、「どこに、どんな状態で、誰が使えるか」にあります。
そのためには単なる数の議論ではなく、「人の流れと住宅の質」を結びつける取り組みが求められます。
空き家と住宅ストックの“違い”を理解することは、その第一歩なのです。