「地方創生」という言葉が登場してから10年。さまざまな取り組みが進められているにもかかわらず、地方の暮らしはますます厳しくなっていると感じる人は多いのではないでしょうか。
その理由の一つが、「インフラ」と「基幹サービス」の急速な縮小です。とりわけ医療・教育・交通といった、地域で生活するために欠かせないサービスが維持できなくなってきていることは、地方で暮らす人々の将来不安を強めています。
この記事では、「インフラ・サービスの縮小」という観点から、なぜ地方創生が困難なのかを深掘りしていきます。
1. 医療体制の限界:病院はあっても医師がいない
まず大きな問題は、地方における医療資源の不足です。
人口減少が進む中で、地方の病院や診療所の多くが赤字経営となり、閉鎖や統合を余儀なくされています。特に産科・小児科・救急など、体制維持に高コストがかかる診療科は、地方から急速に姿を消しつつあります。
「病院がある」だけでは意味がない
たとえ建物としての病院が残っていても、そこに医師や看護師がいなければ機能しません。厚生労働省の統計では、都市部への医師偏在が年々進んでおり、地方の小規模自治体では、常勤医が1人もいない診療所も珍しくなくなっています。
救急車が「搬送先が決まらない」
実際、救急搬送の現場では「たらい回し」が深刻化しています。救急車はあっても受け入れ病院がなく、隣県まで搬送する例も増えています。これは命に直結するインフラの崩壊であり、もはや放置できないレベルです。
2. 教育の場が遠のいていく:統廃合と教育格差の拡大
次に深刻なのが教育インフラの縮小です。
地方では児童生徒数の減少に伴い、小中学校の統廃合が相次いでいます。2000年代以降、全国で数千校が閉校となり、「通学に片道1時間以上かかる」ようなケースも珍しくなくなっています。
地域コミュニティの中核が消える
学校は、教育機関であると同時に、地域社会のハブでもあります。運動会や文化祭、避難所機能など、地域のつながりを支える重要な場所が、統廃合によって失われています。
高校進学・大学進学にも不利な構造
高校の選択肢が少ないことから、子どもを都市部に下宿させる家庭もあります。さらに、大学進学に向けた学習塾や予備校などの学習環境も都市に集中しており、「教育格差」が地方と都市の間で固定化されつつあります。
このような状況が、「子育て世代の移住」を阻む大きな要因にもなっているのです。
3. 公共交通の後退:もはや“車がなければ生きていけない”
地方における交通インフラの縮小も深刻な問題です。鉄道の廃線、バス路線の廃止・減便は、全国で日常的に起こっています。
鉄道の“死に体化”が進む
JRの赤字ローカル線問題は象徴的です。利用者が1日数十人という路線は、もはや採算ベースでは維持できません。その一方で、廃線が地域に与える影響は非常に大きく、通学・通勤・通院など生活のあらゆる面で不便が増します。
高齢者の移動手段が奪われる
特に打撃を受けるのは高齢者です。運転免許を返納すれば日常の移動手段を失い、買い物や病院への通院すら困難になります。タクシーや福祉バスに頼るにしても、本数や料金、予約の煩雑さなど、日常の足としては不十分です。
結果として、「車がなければ生きていけない社会」になり、都市部との移動格差が拡大していくのです。
4. インフラの老朽化と財政の限界
地方の道路・橋梁・上下水道といった基礎インフラも、高度経済成長期に整備されたものが多く、老朽化が進行しています。
国土交通省の発表によれば、建設後50年を超える橋は全国の半数を超え、今後10年間で点検・補修が必要な構造物が急増する見通しです。
維持・更新コストに耐えられない自治体
多くの地方自治体は、人口減少による税収減と社会保障費の増加により、インフラの更新に回す予算がありません。危険を承知で老朽化した施設を使い続けるしかないという現実もあります。
また、少子高齢化で利用者が減っている公共施設(体育館・公民館・図書館など)も、維持管理が難しくなっており、「ハコモノ」の統廃合が進行中です。
5. 結果として生活圏が狭まり、「生きづらい地域」に
医療、教育、交通、そしてインフラ。これらは本来、地域で安心して暮らすための“土台”であるべきです。しかし今、その土台が静かに崩れています。
その結果、地方における生活圏がどんどん狭まり、移動や選択肢の自由が失われているのです。
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「通える病院がない」
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「通わせたい学校がない」
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「買い物に行く手段がない」
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「インフラが老朽化していて危ない」
こうした状況下では、「地方で豊かに暮らす」というビジョンそのものが成り立ちません。移住促進策や補助金だけでは、この生活の根底にある“安心”を提供することはできないのです。
6. 地方創生の矛盾:人を呼び込みたいのに、受け入れる土台がない
政府は「地方移住」「関係人口の拡大」「テレワーク移住」など、外から人を呼び込むことに力を入れています。しかし、そもそも地域内のサービス基盤が崩れている中では、「人を呼び込めるだけの受け皿」が存在しないのです。
移住者が地方に来て最初に直面するのは、「車がなければ病院にも行けない」「子どもの学校が遠すぎる」「買い物難民になりかけている」といった“日常生活の困難さ”です。これはどんなに風光明媚な地域であっても、大きな離脱要因になります。
結論:インフラなしに創生はありえない
地方創生という言葉は、しばしば「観光」「産業」「文化」など前向きなテーマと結びつけられがちです。しかし、その前に必要なのは、生活の基盤としてのインフラとサービスを「維持できる構造」にすることです。
人口が減るから、インフラも減る。それはある意味で当然の帰結ですが、それに何の対策も講じなければ、「地方で暮らすこと自体が成り立たない」未来がやってきます。
この現実に正面から向き合わず、イベント的な地方創生や、短期的な移住促進だけを繰り返すのは、もはや限界です。創生とは再生ではなく、新しいモデルへの転換であるべきです。
そしてその第一歩は、住む人々が安心して「生きられる」インフラとサービスを、地道に、着実に守り直すことから始まるのではないでしょうか。